「取材中、突然の沈黙の意味をAIは知らない」
はたしてAIは取材相手が言葉を詰まらせる瞬間、その沈黙の背後にある複雑な感情や深い物語を読み取ることはできるのでしょうか。
ChatGPTをはじめとするAI技術の目覚ましい進化により、記事作成の世界は大きく変わりました。データ分析や定型的な文章作成では、すでにAIが人間の能力を超えつつあります。
しかし、取材現場での予期せぬ展開に対する機転。語られる言葉の奥に潜む想いを読み取る洞察力。そして、相手との信頼関係の中から生まれる、心を揺さぶる物語の発見。これらは、依然として人間にしかできない価値ある仕事です。
本記事では、編集プロダクションならではの取材力や企画力に焦点をあて、「なぜ人間ならではの編集力が不可欠なのか」を具体的な事例とともに解説します。
取材現場での臨機応変な対応、インタビュー相手との信頼関係の構築、そして読者の心理を巧みに捉えた企画立案など、AIでは代替が難しい要素について詳しく見ていきます。
さらにコンテンツにおいて、AIと人間それぞれの強みを活かしながら、どのように付加価値の高いコンテンツを生み出していけるのか。そして、“AIでは実現しにくい部分”をどのように補完し、ビジネスの成功につなげていくのか。その具体的な方策について、具体的な事例を含めて解説していきます。
なぜ今「取材力と企画力」が重要なのか
今日、AI技術の急速な発展により、記事の自動生成ツールは驚くべき進化を遂げ「大量のデータ処理」や「定型的な文章生成」といった領域では、AIは既に高い実用性を示しています。
朝日新聞社は2024年9月25日、記者向けの生成AI搭載記事執筆支援ツール「ALOFA」を正式発表しました。AWSジャパンと共同で開発したこのツールは、取材音声の文字起こしなど、記事制作現場で多くの時間を要する作業の効率化を目的としています。社内記者向けに提供されているALOFAは、取材から執筆までの作業フローを効率化し、記者の業務負担軽減に貢献しています。
しかし、読者の心に深く響く感情的な要素や、独自の視点に基づいた企画力が求められる領域では、AIはまだ人間の創造性に及びません。
むしろ、テクノロジーの進展によって、人間ならではの「取材力」と「企画力」の価値は一層高まっているとも言えるでしょう。ニュースや情報が溢れる現代だからこそ、深い洞察と独自の視点で読者の心を掴むコンテンツが求められているのです。
人間の強みは、まさにこの点にあります。取材を通じて人々の生の声を拾い上げ、その背景にある思いや葛藤を丁寧に紡ぎ出す。そして、社会の潮流を読み解きながら、読者のニーズを先取りした企画を立案する。このような人間ならではの編集力は、AIが進化を遂げる今だからこそ、その存在意義を増しているのです。
(参考リンク: 朝日新聞社、LLMを参照する取材音声文字起こしツール「ALOFA」をサーバーレスで構築)
AI記事作成ツールの台頭
2025年2月時点で、ChatGPTの週間アクティブユーザー数は1週間あたり3.5億人に達したと報告されています。
この驚異的な普及により、企業ブログの更新やSNSの投稿など、AIによる記事作成の活用シーンは急速に拡大しています。大規模言語モデルの進化は、コンテンツ制作の在り方を大きく変えつつあります。
確かに、AI生成記事には正確性や高速性という大きな利点があります。膨大な情報を瞬時に処理し、文法的に正しい文章を生成する能力は、人間の能力をはるかに超えています。しかし、その一方で決定的に不足しているものがあります。それは、読者の心を深く揺さぶる感動や共感を呼び起こす力です。
特に注目すべきは、AIによる記事生成の特徴と限界です。AIは与えられたデータから学習した範囲内で文章を組み立てることはできますが、人間のような創造的な思考や感情的な機微を表現することは困難です。例えば、企業の製品紹介記事を作成する場合、AIは製品のスペックや特徴を正確に列挙することはできますが、その製品が持つ「物語」や「感動」を伝えることは極めて難しいのでしょう。
また、AIは社会的な文脈や時代の空気感を読み取ることも苦手としています。例えば、特定の話題に対する世間の微妙な反応や、その時々で変化する消費者心理などを適切に把握し、それを記事に反映させることは、現状のAIには困難な課題となっています。
さらに重要なのは、記事の「読み手」を意識した構成力です。人間の編集者は、読者層や掲載メディアの特性を考慮しながら、最も効果的な切り口や表現方法を選択することができます。これは単なる文章の組み立てではなく、読者の興味関心や価値観を深く理解した上での創造的な作業なのです。
このように、AIによる記事生成には明確な限界があります。しかし、それはAIの価値を否定するものではありません。むしろ、AIの特性を理解し、その長所を活かしながら、人間ならではの感性や創造性と組み合わせていくことが、これからのコンテンツ制作には求められているのです。そして、その過程で人間の編集者の役割は、より創造的で戦略的なものへと進化していくことでしょう。
(参考リンク: Deepseek catches up with Western AI chatbots, but ChatGPT remains out of reach for now)
読者の“感情”に響かないAI文章の限界
「この記事を読んで心が震えた」「思わず涙があふれた」―そんな読者の感情的な反応を引き出すのは、取材を通じて得られた生の声や、そこから紡ぎ出される物語性を持った文章です。
人間の経験と感性が織りなす言葉には、AIには真似できない温かみがあります。
例えば、ある起業家へのインタビュー記事では、成功に至るまでの不安や迷い、周囲との葛藤など、普段は語られない心の機微に触れることで、読者に深い感動を与えることができます。これは、取材対象者との信頼関係があってこそ引き出せる本音であり、AIには決して真似できない人間同士のコミュニケーションの成果なのです。
「魂」に欠けるAIの文章
「AIによる文章生成技術は、文法的正確性や一貫性において目覚ましい進歩を遂げています。
しかし、感情理解や深い感情表現についてはまだまだ人間に追いついていないようです。
2024年、ロモノーソフ・モスクワ国立大学のVzorinらの研究チームが、GPT-4の感情的知性に関する包括的な分析を発表しました。研究結果によると、GPT-4は感情の識別や管理において一定の能力を示す一方で、感情の深い内省的理解や感情に基づく動機付けの面では限界があることが判明しました。この知見は、AIが表面的な感情表現は可能でも、人間のような深い感情理解や情動的影響力を持つには至っていないことを示しています。
この違いは、AIと人間の「理解」の質に起因します。AIは膨大なデータから確率論的に最も適切な単語やフレーズを学習・生成できますが、人間が実体験から得る喜怒哀楽や、それらが交錯することで生まれる複雑な感情を十分に表現することは困難です。
たとえば、読者の共感を得るには、現実世界での体験や主観的な視点、作り手自身の思いなど、形式的なデータには収まりきらない要素が重要となります。
つまり、AIがいくら精緻な文章を生成できても、その内容が”魂がこもっている”と感じられるかは別問題です。
人間が書き手として培ってきた感受性や、言葉に託す熱量は、データの範囲外にある独特のエッセンスといえます。AIの表現力は今後さらに進化する可能性がありますが、現段階では、書き手のリアルな感情や経験に深く根ざした文章には及ばない部分があります。読者の心を大きく揺り動かす文章の真髄は、単なる正確さを超えた、共感や想像力を掻き立てる”人間ならではの情感”にあるのです。
(参考リンク: The Emotional Intelligence of the GPT-4 Large Language Model)
AIでは実現できない「取材力と企画力」の価値
取材力がもたらすリアルな共感
真に読者の心を動かすためには、現場の空気を肌で感じ取り、当事者の声を直接拾い上げる取材力が不可欠です。AIは膨大なデータから情報を抽出することに長けていますが、予期せぬ感情の機微や、その場の雰囲気といった「データ化しづらい要素」を捉えることは困難です。
例えば、取材対象者の言葉の端々に滲む感情や、語られる内容の背景にある深い意味、さらには沈黙の中に潜む重要な真実―こうした繊細な要素は、その場に居合わせ、直接対話を重ねる中でしか掴むことができません。これは、どれだけAIが進化しても、人間にしかできない取材の醍醐味といえるでしょう。
『青い壺』にみる 50年前の小説を令和に大ヒットさせた企画力
有吉佐和子が1977年に世に送り出した『青い壺』は、出版と同時に社会の注目を集め、瞬く間にベストセラーの地位を確立しました。
作品は日常に潜む秘められた真実と人々の機微を繊細に描写し、登場人物たちが背負う心の揺らぎや、過去と現在が織りなす複雑な関係性を鮮やかに映し出しています。タイトルとなった『青い壺』は、表層の向こうに秘められた真実や心の深淵を暗示する象徴として機能し、読者の心に普遍的な共感を呼び起こします。その繊細な文体と巧妙な展開は、令和以前から読者の心を掴み、時代を超えて色褪せることのない魅力を放ち続けています。
そして2011年の復刊を経て、さらに10年以上たった令和の今、再びベストセラーとなっています。その背景には、人間だからこそ発揮できる“掘り起こし”と読者の心を動かすための“企画力”がありました。
編集者が資料室で古い本の背表紙を眺め、あらすじだけでは伝わらない魅力を見いだしたことが第一歩。
そこから「三千円の使い方」で知られる人気作家・原田ひ香氏の推薦コメントが帯に載り、さらにテレビや新聞といったメディアで広く紹介されるに至ります。単なる“AIによるアルゴリズムの推薦”ではなく、読者が求めるタイミングを見計らい、段階的に企画を仕掛けていった点が成功の決め手となりました。
かつての名作を新しい時代に届けるためには、作品の奥深い魅力を見つけ出し、それをどう伝えるかを綿密に考える力が不可欠です。
こうした“感動を企画に落とし込む力”は、まだまだAIには追随できない領域です。人間ならではの情熱とひらめきがあったからこそ、50年前の小説が読者の心を再び射止める奇跡が実現したのです。
対話から見えてくるビジネスの本質
メルカリの山田進太郎CEOへのインタビューは、表面的な成功物語を超えた深い洞察を引き出すことに成功しています。
特に印象的なのは、世界一周での経験から芽生えた「限りある資源を循環させ、より豊かな社会をつくりたい」という根源的な想いです。ボリビアで出会った少年の姿や、新興国での体験が、後の「循環する社会」という理念につながっていく過程は、一問一答では決して引き出せない重要な証言となっています。
インタビュアーは、創業前の世界一周の経験から丁寧に話を掘り下げ、「なぜメルカリを創業したのか」という表層的な質問を超えて、その根底にある社会課題への問題意識を浮き彫りにしています。
また、「使っては捨てる」という考え方への疑問や、「お客様にとって便利なサービス」を追求する姿勢など、経営者としての葛藤や決断の瞬間も、信頼関係に基づく対話があってこそ明らかになった部分です。
このように、人間による丁寧な取材は、企業の理念や創業者の想いを立体的に描き出し、読者や顧客に深い理解と共感をもたらす力を持っているのです。
(参考リンク: メルカリが創業時から目指す「循環する社会」とは。CEO山田進太郎に聞く)
企画力が生む“構成”と“物語”
『IKKUグランプリ』:顧客心理を捉えた戦略的な企画
「人の心を動かす企画には、表層的な演出や一時的な話題作りを超えた本質的な価値が必要です。その好例として、グリーンランドの「IKKUグランプリ」が挙げられます。この企画は、来園者に俳句という伝統的な表現手法で園内の感動を表現してもらい、それをSNSで共有・表彰するという革新的な仕組みを構築しました。
キャンペーン当時のグリーンランドは開園55周年、アトラクション数77機種、園内敷地面積55万平米でまさに俳句の「5・7・5」の語呂にぴったりでそこからキャンペーンの着想を得たのではないでしょうか。
この成功の核心は、以下の2つの要素を効果的に組み合わせた点にあります。
明確な目的設定:「新たな体験価値の創出とリピーター獲得」という具体的なゴールを掲げました。
アナログとデジタルの融合:俳句という深い表現方法とSNSによる発信を組み合わせ、参加者の感性を多面的に引き出しました。
このように人々が求める体験を理解し、それを魅力的な形で具現化することで、必ずしも大規模な予算をかけずとも、持続的な成果を生み出すことができるのです。
『タイムレスプロジェクト』:「心の機微」を捉えた成功例
ネット配信時代に新たな歴史を刻んだのが、Sexy Zoneからtimeleszへと改名し挑んだNetflixリアリティ番組『timelesz project(タイムレスプロジェクト)』(2024年9月~2025年2月)。
新メンバーオーディションという王道の企画を、緻密な演出と丁寧な人物描写で昇華させた制作陣の手腕は、まさに人間ならではの物語作りの真骨頂と言えます。
厳しい審査の緊張感と、候補生たちの友情や葛藤を巧みに切り取るドキュメンタリータッチの映像は、視聴者の感情を揺さぶり続けました。SNSでは配信日ごとの実況が盛り上がり、ファンたちの考察や感想が飛び交う”参加型”の熱狂へと発展。
最終回後に広がった「”タイプロ” ロス」現象は、非ジャニーズファンをも巻き込み、人の心を深く理解し、共感を呼ぶストーリーテリングがいかに重要かを物語っています。AIには決して真似できない、人間制作者だからこそ可能な「心の機微」を捉えた映像表現とストーリー構築が、この作品の最大の魅力なのです。
AIによるストーリー生成は一定の水準に達しつつあるものの、「ここで盛り上げる」という構成の要点を的確に押さえ、物語を自在に操る力は、依然として人間のクリエイティビティが欠かせないことを示しています。
特に、視聴者の予測を裏切りながらも納得感のある展開を設計し、それを効果的なタイミングで配置する感覚は、人間ならではの創造性と経験に基づく直感が重要な役割を果たしています。
(参考リンク:芸術の秋!グリーンランドで一句を競う「IKKUグランプリ」開催!!)
(参考リンク: Netflix「タイプロ」非ジャニファンも虜にする訳)
人間ならではの価値創造が求められる時代
AIの進化は確かに目覚ましく、多くの作業を効率化してくれます。しかし、読者の心に深く響く感動を生み出すのは、やはり人間ならではの取材力と企画力です。現場で感じ取った空気、対話から生まれる気づき、そして読者の心を掴む構成力―これらは、AIには真似できない、かけがえのない価値なのです。
特に、取材現場での予期せぬ発見や、インタビュー中の些細な表情の変化、語り手の声の揺れといった繊細な要素は、人間だからこそ捉えることができます。そして、そうした微細な観察から、記事の核となる新たな気づきが生まれることも少なくありません。
また、企画段階から完成までの過程で、読者の興味や関心を常に意識しながら、どのような切り口で ストーリー を展開していくのか、どこでどんな感情を呼び起こすのか―そうした細やかな配慮も、人間の編集者だからこそ可能な仕事です。これは単なる情報の整理や文章の構成ではなく、読者の心に寄り添いながら物語を紡ぎ出していく創造的な営みなのです。
人間とAIが、それぞれの強みを活かしながら協調していく―そんな未来のコンテンツ制作において、物語を組み立てられるプロ、企画編集のプロの役割は、より一層重要になっていくことでしょう。
この記事を書いた人
雨輝編集部
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