私たちはあらゆる場面において日本語を学んできました。それは、学校の教科書や親との会話だけではありません。最近では、小さい子供たちが、私たちが同じ歳の頃には知り得なかった漢字や言葉を『鬼滅の刃』などのマンガから学んでいる現象も見られます。マンガはかつてより社会的に受け入れられるようになりました。しかし、未だに教育現場では、マンガがオフィシャルな日本語教育の教材として使われることは珍しいでしょう。アニメであればそれはなおさらです。
外国人からすれば日本のアニメは親しみがあり、勉強の教材として適しているようにも思われます。けれども、「アニメ言葉は癖が強いので日本語学習には適していない」「アニメキャラクターから変な日本語を学ばれては困る」といったイメージをもたれている傾向があり、実際に教育の材料として使われることはあまりありません。本当にアニメの日本語は教育に不適切なのか? アニメの日本語は独特なのか? そのような疑問を解消するために行われた研究論文が、2021年の3月に発表されました。
アニメの日本語が独特だと言われる理由
アニメが日本語教育の現場でなかなか受け入れられない理由には、「役割語」が関係していると考えられます。「役割語」は、非現実的な言葉のことであり、「日本語学」では次のように定義されています。
ある特定の言葉遣い(語彙・語法・イントネーション等)を聞くと特定の人物像(年齢、性別、職業、階層、時代、容姿、風貌、性格等)を思い浮かべることができるとき、あるいはある特定の人物像を提示されると、その人物がいかにも使用しそうな言葉遣いを思い浮かべることができるとき、その言葉遣いを「役割語」と呼ぶ。
金水( 2003)
簡単に言えば、私たちが普段の生活で使わないような言葉遣いです。たとえば次のようなパターンがあります。
老人語 :「わし」「〜なのじゃ」
お嬢様言葉:「〜ですてよ」「〜なさって」
武士言葉 :「せっしゃ」「〜でござる」
キャラ語 :「〜ニャ」「〜クポ」
このほかにも、「ギャル語」「おネエ言葉」「若者言葉」「方言(関西弁など)」などが「役割語」に含まれます。つまり、非現実的な世界を描いたアニメには、私たちの日常で使う言葉には適していない「役割語」が多用されているイメージが根づいている可能性があるということです。
2021年3月に発表された研究結果
研究方法と結果
アニメには「役割語」が多いといったイメージを打破すべく、研究が行われました。研究手法は、「2020年秋アニメ」52作品(再放送作品は除く)を対象に主要となる624のキャラクターのセリフを分析するというもの(臼井2021)。日本のアニメは春・夏・秋・冬のクールに分かれていて、1つのクールが3ヶ月になります。「2020年秋アニメ」とは、2020年10月から12月に放送されたもので、次のような作品が挙げられています。
【対象作品一例】
『アイドリッシュセブン Second BEAT!』『池袋ウエストゲートパーク』『おそ松さん 第3期』『ギャルと恐竜』『ストライクウィッチーズ ROAD to BERLIN』『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』『体操ザムライ』『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』・・・他44作品
主な研究結果は次の通りです。
・全624のキャラクターのうち、役割語を常に用いて話すキャラクターは62で、全体の9.9%であった。
・役割語を使用する割合が最も多い作品は『体操ザムライ』(17キャラクター中6人)の35.3%だったが、一方で役割語を用いるキャラクターが一人も登場しない作品は24作品(全体の46.2%)であった。
・役割語の種類別では、「老人語」を用いるキャラクターが最も多く17キャラクター、次いで「ギャル語」と「片言」と「大阪弁・関西弁」が6キャラクター、「お嬢様言葉」と「若者言葉」が5キャラクター、「おネエ言葉」が3キャラクターと続いた。
臼井(2021)
アニメの日本語は必ずしも独特とは言えない
役割語を使用するキャラクターの割合は9.9%という結果は決して高い数字ではなく、一切役割語が使用されない作品が半数近くあります。「老人語」が役割語として一番多い結果になりましたが、老人語を話すキャラクターが登場するシーンは作品を占める割合としては多くありません。適切な作品とシーン選定を行えば日本語教材として教育に使うのは問題ないでしょう。
方言は役割語に分類されていますが、関西にいけば「関西弁」を使う生活が日常となります。「おネエ言葉」や「若者言葉」などはバラエティをはじめとしたテレビや動画メディアで耳にすることから、独特な日本語を使用するアニメはむしろ珍しいと考えられます。
また、役割語を多く占めていた『体操ザムライ』は、2002年の体操界で引退勧告された選手の奮闘記です。現実離れをした世界観ではなく、役割語を使用するキャラクターの多くが外国人の設定でした。アニメやマンガでは、視聴者に理解させるよう外国人に日本語をしゃべらせることがよくあります。純日本人と区別する意味で外国人キャラクターによる日本語のイントネーションや喋り方をあえて独特にしがちです。この設定上の都合を補足できれば、日本語学習の妨げにもなりにくいのではないでしょうか。
アニメが日本語学習教材に適している理由
単語と文法を網羅
日本語の教材として使われるためには、最低でも日常で使用できる日本語学習レベルの要素が必要です。国際交流基金の定める日本語の「初級」が、この学習レベルに相当します。過去の実験では、『風の谷のナウシカ』や『となりのトトロ』などのジブリ作品用いた日本語教育の授業を行なわれています。なかでも『耳をすませば』を利用した研究では次のように述べられています。
分析の結果からは,未習者が『耳をすませば』で学習した場合,初級語彙の 4割程度,また,初級教科書全体にほぼ匹敵する初級文法の8割弱がカバーできるということが明らかになった。以上から,『耳をすませば』が初級者にとっての学習資源となりうるという可能性が示された。
田中・本間(2009)
また、発話スピードに関しては、日本語能力試験のリスニング問題と比較されたところアニメキャラクターの会話平均速度のほうが遅い(臼井2021)ことからも、日本語の初級学習に教材として遜色がないように思われます。
日本への印象も変わる
また、日本語未学習の中国人小学生に、アニメを使った日本語学習をした研究では面白いことがわかっています。アニメを通した日本語学習の前後に、5段階評価(「強く そう思う (5)」「まったく たくそう思わない(1)」)でいくつかのアンケートを実施した結果は次のように記されています。
「日本」「日本語」「日本人」「日本のアニメ」に対する意識変容について事前と事後の調査結果を比較してみると、「5」の評価を選んだ人数が「日本が好き」13→29名、「日本語に興味がある」18→32名、「日本人が好き」5→26名と変化し、「アニメ」を除く3つ についてはすべて事後で大きく上昇していることがわかった。
矢崎・赤桐(2015)
アニメを通じた日本語学習は、日本や日本人への好感度アップにもつながる効果が見られています。日本への興味や好感度が上がれば訪日外国人の増加につながるかもしれません。アニメによる日本語学習は、日本の経済にとっても大きなメリットを生む可能性を示唆してくれました。
アニメで日本語学習の明るい未来を
実写映像や直接的な対話に比べれば、アニメはまだ日本語学習の面で劣っている部分があるかもしれません。しかし、私たちが想定した以上にアニメは日本語学習に適している結果が見られたのではないでしょうか。言語学習においてプラスに作用するのはもちろん、アニメは日本のイメージアップにつながる意味で国際交流の促進を担う要素をもっているといっても過言ではないでしょう。
日本語学習に興味がある外国人が周りにいれば、ぜひアニメでの日本語学習の意義について教えてあげてください。また、外国人が学べる教材ともなり得るアニメは日本人の幼児にも通用するかもしれません。これからも、アニメやマンガのポップカルチャーと教育のつながりには期待したいところです。
【参考文献】
臼井直哉(2021)「日本語教育の観点から見たアニメの日本語」『日本語学2021年春号(特集:ポップカルチャーの日本語)vol.40-1 』,127,129
金水敏(2003)『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』岩波書店,205
田中里実・本間淳子(2009)「初級語彙・文型による『耳をすませば』スクリプトの分析:日本語学習資源としてのアニメー ション映画の可能性」『北海道大学留学生センター紀要』13号,98-117
矢崎 満夫,・赤桐 敦(2105)「中国の小学生は『アニメで日本語』を体験して意識 をどう変容させたか : 「言語意識教育」に向けて の示唆」『静岡大学国際交流センター紀要 第9号』,26
[itemlink post_id=”4423″]